Short stories
短編創作
煙草を噛んで味わう男(続き)
その男はゆっくり会釈を返して、「こうしてコーヒーも煙草も噛んで香りを楽しむんです。」と言葉を続けた。
コーヒーも煙草の煙も同じように噛んで味わうらしい。
その男は、「そうする事で良い香りが味覚として他の食事等と同じように味わえる」と言うのだ。
その感覚まで完璧に追体験出来る訳ではないのだが、自分でも、その男の目の前で自分のお気に入りである煙草の煙をゆっくりと咀嚼してみる。
「さて、どんなものかな?」
自分ではどのような味かまでは良く判らないし、例える味も具体的に何かあるわけではないのだが、 これはこれで味わい深いものなのかも知れない、と思えてくるのが不思議だった。
「具体的にどのような味かは、あまり重要じゃないんですよ。好きな銘柄の煙草をもっと味わっていたいというヘビースモーカーの奇妙な願望なんです。笑ってやって下さい。」 と男は語る。
ただ単に手持ち無沙汰な間を繋ぐ為に、特に美味いと思っていない人が忙しなく吹かすだけの煙草も数分の間の出来事ならば、じっくり噛んで煙の香りを味わう煙草も数分の間の出来事。 どうせならば、その数分の間の出来事でも楽しめる方が素敵な事なのかも知れない。